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大分地方裁判所 昭和30年(行)12号 判決 1956年9月11日

原告 津田袈裟雄 外三名

被告 大分県知事

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告津田、肥川、亀山は「被告が昭和二十九年十一月二十二日別紙目録記載の土地につきなした墓地新設許可処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として「大分県佐伯市九百五番地所在訴外善教寺(代表者桑門憲吾)は被告大分県知事に対し昭和二十九年九月一日佐伯保健所長を経由して墓地新設許可申請書を提出して別紙目録記載の土地に墓地新設の許可を求めたところ佐伯市長及び右保健所長はこれにそれぞれ意見書を添付して被告に進達し、被告は同年十一月二十二日右申請を許可した。しかしながら右墓地新設許可処分には次のとおり明白かつ重大なる誤謬と瑕疵があるから無効である。

(一)  右申請書には虚偽の記載がある。

(1)  本件許可処分のなされた土地は訴外善教寺の境内地ではなく、排水溝の設備は全然なく、また三面人家をもつて囲まれ住宅地と隣接し、更に道路を隔して佐伯鶴城高校があるにも拘らず、右申請書添付図面には右隣接住宅地を畑地とし佐伯鶴城高校敷地を単に宅地として記載し、本件土地は排水溝の設備ある境内地として記載されている。本件土地は善教寺境内と一丈余の土塀をもつて区劃せられた畑地で以前前記桑門憲吾が所有して他に小作せしめておいたものであり昭和二十九年八月七日に至り墓地新設許可申請のために同人が同寺に譲渡したもので到底善教寺の境内とは云えない。

(2)  右申請書に添付して被告に進達した佐伯市長及び佐伯保健所長の意見書及び調査復命書には虚偽の記載がある。

即ち本件土地に墓地を新設するについて地元民に反対者なしと記載されているけれども地元民の意向を調査した事実はない。また附近に井戸なしと記載されてゐるけれども原告津田居住家屋の西側玄関入口で本件土地より約五米の位置に井戸があり原告等の飲用に供せられている。

右の如き内容虚偽の申請書による許可申請は違法でありこれと内容虚偽の前記意見書を前提としてなされた本件許可処分は無効と謂わねばならない。

(二)  次に本件土地に墓地を新設することは次の理由により風教上支障がある。

(1)  本件墓地は前記の如く三面住宅地に囲まれ道路をへだてて佐伯鶴城高校に隣接し人家輻輳地であること

(2)  市街地に墓地を新設されては馬場区の発展を阻止されること

(3)  人家に近接しているため精神的に恐怖の念に駆られること

(三)  更に本件墓地新設許可処分が認容される場合には次の理由により衛生上支障がある。

(1)  墓地にそなえる生花又はその汚水は蚊の培養所又は伝染病の温床地となる

(2)  墓地の空地には産婦の汚物埋葬等をなすものがある

(3)  本件墓地は低湿地である

以上いずれの点からするも本件墓地新設許可処分は無効たるを免れない。

しかして原告亀山は本件八八四番宅地に隣接して佐伯市字後田八八五番地の一宅地一六五坪を、原告津田は本件八八四番八八三番の二の二両宅地に隣接して同市字北町八八三番の二宅地六〇坪を原告肥川は本件八八三番の二の二及び八八三番の一両宅地に隣接して同市字北町八八一番の二宅地三五坪を所有しそれぞれ当該宅地上に家屋を所有し居住しているのであつて本件土地と右家屋の玄関先との間に尺余の距離を存するに過ぎないので墓地の新設は耐え難く本訴請求に及んだものである。」と

述べた。

(立証省略)

原告染矢実は適式の呼出を受けながら口頭弁論期日に出頭せずその陳述したものと看做される訴状の内容は原告染矢が同市字後田八八六番宅地に居住し、右宅地が本件墓地と近接しているとある外はその他の原告等の前記主張と同一である。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として「訴外善教寺が被告に対し其の所有する別紙目録記載の土地に墓地の新設許可を得るため昭和二十九年九月一日佐伯保健所長を通じて墓地新設許可申請書を提出し、被告が同年十一月二十二日右申請を許可したこと、原告津田、同肥川、同亀山が本件墓地に隣接して主張の如き宅地を所有し、右宅地上の所有家屋に居住していること、右墓地の近接地に人家の多いことは認めるが、その余の事実は全部争う。

さらにこれを詳述すれば訴外善教寺は墓地新設許可申請の当時その門信徒で墓地を所有しないものが多いため百数十体の遺骨を本堂に安置している状態であつたので被告は死体を火葬後埋蔵することを条件としてこれを許可したものであつて、右許可処分には原告等の主張する誤謬ないし瑕疵は存在しない。即ち

(一)  原告等は地元民の意向を不問に付したと主張するが該許可処分に当り地元民の賛否を問うことは法の要求するところでなく、しかも被告は参考までに佐伯市長の意見を求めたところ同市長は意見書をもつて賛意を表したのであつて右意見書記載の事実は虚偽ではない。

(二)  次に許可申請書添付の図面は厳格な記載を要するものでなく墓地埋葬等に関する法律施行規則第五条第一項第二号によれば略図と規定されており、被告としても関係職員をして実地に検査せしめて許可したものである。従つて仮に該略図の記載事項の一部が事実と相違しているとしても直ちに該許可処分の効力に影響するものではない。

(三)  墓地における供物たる生花又はその汚水は仏教徒の総べての墓地に附随するものであるが、これは墓地経営の許可とは別個に衛生対策を講ずべきものである。

又墓地は本来産婦の汚物等を埋納する場所ではない。これが埋納については他に取締規則もあり本件許可処分の効力とは関係がない。

(四)  善教寺より昭和三十年十二月二十六日本件墓地の内八八四番宅地六三坪を同番の一、宅地四八坪、同番の二、宅地十五坪に分筆して右宅地十五坪を削除する旨の変更許可願があり、被告は昭和三十一年一月二十三日これを許可する処分をなした。従つて本件土地が原告等の土地に近接しているという点において仮に瑕疵があつたとしても補正されている。

(五)  その他の原告の主張の理由もまた本件許可処分の効力に影響しない。」

と述べた。

(立証省略)

理由

大分県佐伯市九百五番地訴外善教寺が其の所有する別紙目録記載の土地に墓地を新設するため昭和二十九年九月一日被告大分県知県に対し佐伯保健所長を経由して墓地新設許可申請書を提出し、被告が同年十一月二十二日右申請を許可したこと、原告亀山、津田、肥川の居住する土地、家屋が原告等主張の通り本件墓地に隣接していることは当事者間に争がないところであり、原告染矢が本件墓地の附近の土地、家屋に居住していることは成立に争いのない甲第六第七号証の各三及び検証の結果によつて認めることができる。

(一)  そこで原告等は本件墓地新設許可申請書には虚偽の記載があると主張するのでこの点について判断する。

右申請書に虚偽の記載があるとしても被告は自ら調査して許可の要否を決すべきものであるから右申請書及びその添付書類に真実に合致しないものがあるからといつてそのことから本件許可処分が直ちに違法となるものとは云えない。しかしながら原告等が右申請書に虚偽の記載ありと主張する趣旨は原告等が真実であると主張する事実によればこの点からも本件許可処分は違法であると主張するものとも解し得るから以下この点について検討してみる。

(1)  人家輻輳地と近接するとの点について

墓地、埋葬等に関する法律施行細則(昭和二十四年大分県規則第三十五号)第四条は墓地の環境は人家輻輳の地より二百米以上の距離がなければならないと規定しており、本件土地は前記の通り原告等居住の土地、家屋と隣接するのみならず成立に争のない甲第一号証の六、第四号証の三に検証の結果を綜合すれば附近は原告等住家を含めて住宅地帯を形成し且つ道路を距てて佐伯鶴城高校があることが認められるので本件墓地の環境は右規定に牴触するものと言わねばならない。しかし同条但書によれば墓地が人家輻輳地より二百米以内の距離にある場合においても土地の状況、特殊の構造その他特別の事由により公衆衛生上支障なく風教上その他公益を害するおそれがない場合にはその経営が許容されておるのである。しかして成立に争のない甲第一号証の一、第三号証第四号証の一乃至三及び証人土屋六衛、二宮五郎の証言によると善教寺には墓地がなく、また門徒中墓地を所有しないものが多く、市有墓地も狭隘で収容力がないため遺骨百数十体を本堂に安置したまゝになつており、之等遺体の埋蔵又は門徒等の死体の埋葬のため本件申請が為されたことが認められ、本件土地が善教寺の所有に属し、その境内地に隣接していることは原告等の自認するところである。そして本件墓地の新設が公衆衛生上支障なく、風教その他公益を害する虞がないことは後段に認定する通りであるからかゝる場合知事がその裁量により墓地の新設を許可することは違法とは言えない。尤も成立に争のない乙第一号証乃至第三号証、第四号証の一乃至三、第五号証乃至第八号証、第九号証の一乃至三を綜合すれば本件墓地許可処分後本件墓地の施設工事に際し原告津田、同亀山等より墓地が民家に近接するとして反対意見もあり、右両原告の住宅地間に突出する墓地の一部を墓地より除外するため昭和三十年十二月二十六日善教寺より本件八八四番宅地六三坪を同番の一、宅地四八坪、同番の二、宅地十五坪に分筆して右宅地十五坪を削除する旨の一部変更許可を申請し被告は昭和三十一年一月二十三日これを許可する処分をなしたことが認められるからこれらの事情をも考慮すると本件土地は住宅地に近接する意味に於て墓地として極めて適当であるとは云えないにしても、これが新設を許可した被告の処分が右裁量の範囲を逸脱した違法のものとは云えない。仮に違法であるとしてもこれを無効ならしめる程度に重大な瑕疵ということはできない。しからば人家輻輳地に近接するの故をもつて本件墓地新設許可処分が無効であるとの主張は理由がない。

(2)  排水溝の設備がないとの点について

証人二宮五郎及び検証の結果を綜合すれば本件土地にはその周囲に不完全ではあるけれども当時排水溝の設備があつたことが認められる。而して排水溝の設備の不完全なため公衆衛生に支障を来す場合には後に説明するように前記施行細則第八条により環境衛生監視員の検査迄にこれを完備すれば足り、予め許可申請当時に完備しておく必要はないものであるから排水溝が完備していないからといつて本件許可処分を違法たらしめるものではない。

(3)  附近に井戸があるとの点について

前記施行細則第四条によれば墓地の環境は飲用水が汚染されるおそれのない所であることが要件とされているけれども成立に争のない甲第二号証及び証人土屋六衛、二宮五郎、徳光行弘の各証言によれば本件許可処分は火葬後埋蔵することを条件としてなされたものであること及び焼骨の埋蔵は附近の地下飲用水を汚染するおそれはないことが認められるので、仮に本件土地の附近に井戸があるとしても(原告津田方に井戸があることは検証の結果により認められる)公衆衛生上支障があるものとはいい難く、従つてこの点につき本件許可処分に違法があるとは云えない。

(4)  地元民の感情を無視したとの点について

成立に争のない甲第一号証の五、第二号証、第三号証、第四号証の二、三に証人土屋六衛、二宮五郎、徳光行弘、徳丸嘉三郎の証言を綜合すれば被告大分県知事は本件墓地新設許可処分をなすに際し善教寺総代の承諾書、佐伯市長の意見書及び佐伯保健所長の地元民の感情についての調査復命書により地元民に反対なきものと認定したことが認められるけれども保健所長の調査は単に地元区長の個人の意見を徴したに止まり原告等一般地元民の意向を各個に調査したものではないことが認められる。しかし右引用証拠によると当時原告等を除く一般地元民間に強い反対感情が存在していた訳でもないから各地元民の意向を調査しなかつたからと云つて、そのことだけで本件許可処分を違法ならしめるものとは言い難く、従つてこの点に関する原告等の主張も理由がない。

(二)  次に本件墓地新設許可処分が認容される場合には風教上支障があるとの主張について判断する。

(1)  本件土地は前段認定のとおり人家輻輳地に極めて近接するものであるけれどもこれらの土地に隣接することにより墓地の神聖が害されるというならば格別墓地を新設することにより附近の土地に影響を及ぼしたとしてもその結果風教を害するものと断定はできない。

(2)  本件土地の所在する佐伯市馬場区の発展が阻止されるというけれどもこの点に関する証拠はない。

(3)  本件墓地の新設により附近住民に多少の恐怖が伴うとしてもそのことを以て直ちに風教上支障があるとは謂い難い。

(三)  更に衛生上支障があるとの主張について判断する。

(1)  生花又はその汚水等が伝染病の培養地になるというけれどももしそれが原告等主張のとおりこのことの故に墓地新設許可処分が違法であるとするならば生花等を供する仏教徒の墓地は一切新設を許可し得ないこととなり、かようなことは法の所期するものとは云えない。法は墓地の管理者又は使用者に於いてその清潔を保持するため適当の方法を以てその対策を講ずることに委ねたものと解すべくこのことの故に墓地新設許可処分は違法とは云えない。

(2)  墓地は本来産婦の汚物等を埋納する場所ではないから許可なくして焼骨以外の物を埋納する者に対しては別個に取締対策を講じ得るからこの点に関する主張も許可処分の効力に影響を及ぼすものではない。

(3)  前記施行細則第四条は墓地は高燥な所を選び湿潤な所を避けなければならないとし、土地の状況、特殊の構造その他特別の事由により公衆衛生上支障のない場合はこの限りではない旨を規定する。前出甲第三号証第四号証の二及び証人二宮五郎の供述に検証の結果を綜合すると本件土地は周囲の排水溝が不完全のため汚水が排水溝より滲透し、従つて低湿地ではあるけれども、盛土をして排水溝を完備すれば衛生上の支障を除去し得る状況にあつたので被告も之等の事情を勘案し公衆衛生上支障がないものと認めて本件許可処分を為したことが認められる。知事が将来土盛及び排水溝の施設をされることを期待して(知事が右細則第八条による環境衛生監視員の墓地の竣工検査等の方法により前記施設を監督指導することは当然予期し得るところである)低湿地を墓地に選定することは右細則第八条に所謂特別の事由により公衆衛生上支障のない場合に該当するものと解するのが相当である。のみならず前記引用証拠によれば善教寺は本件許可処分後本件土地を約一尺位土盛し、排水溝もほゞ完備し終り最早右土地は低湿地ではなくなつたことを認めることができる。そうすれば本件土地が当時低湿地であつたことは本件処分を違法ならしめるものではない。

従つて原告等の主張はいずれも理由がなく採用することはできない。しからば被告の本件許可処分は正当であつて原告等の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきものとし訴訟費用について民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 江崎彌 綿引末男 新海順次)

(別紙省略)

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